らぷらた音楽雑記帳53*西村秀人・南米音楽サイト『カフェ・デ・パンチート』

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らぷらた音楽雑記帳

#053 タンゴとフォルクローレの間に4本の弦:
バイオリニストの自在な感覚

2005.08.15

CD: Independiente "Encontrarse" / Irene Cadario

アルゼンチンの音楽といえば、首都ブエノスアイレスなら「タンゴ」、他の地域なら「フォルクローレ」...いまさら確認するまでもないことだが、実際この二つの音楽を見聞きしてみると、その境界線がかなり明確であることがわかる。タンゴのミュージシャンがフォルクローレ界で活躍することは稀だし、その逆も同じだ。それぞれのレパートリーを取り入れることはあるだろうが、それぞれの分野でバランスよく活動する人は少ない。
今回紹介するイレーネ・カダリオ(バイオリン)の初アルバムは意外なほど、2つの世界をうまく取り入れている。イレーネは1969年コルドバの生まれ。クラシックでの活動が長く、タンゴやフォルクローレの分野で活動を始めたのはわりと最近のようだ。クラシックがベースにあるのでタンゴ界は遠くない。でもコルドバで生まれ育った分フォルクローレへの親しみも大きかったということか。その後チャンゴ・ファリアス・ゴメス、カチョ・ティラオ、フアン・カルロス・コペス、カルロス・ブオーノらと共演、現在はブエノスアイレス市立タンゴ・オーケストラのメンバーとして演奏する一方で、キケ&ベロニカ・コンドミ、サミィ・ミエルゴ、アベル・ロガンティーニの4人とともに「ラ・ノタ・ネグラ」というグループを結成している(このグループの演奏は聞いたことがないが、どのメンバーもタンゴ/フォルクローレ/ポップの境界線で面白い音楽を展開している人たちばかりだ)。
イレーネにとって今回のアルバムは初めてのもの。タンゴ系が4トラック、フォルクローレ系が6曲、ブラジルのエグベルト・ヂスモンティの作品が1曲という構成。曲によって共演者もバラエティに富み、エステバン・モルガード(ギター)、パブロ・グレコ(バンドネオン)、パトリシア・アンドラーデ(歌)、オスバルド・ブルクアー(ギター)、モノ・ウルタード(コントラバス)、サミィ・ミエルゴ(ギター)らが参加。それぞれに適したアレンジャーとゲストを選んでおり、それが曲ごとの表情に見事な変化を与えている。
女性バイオリニストのリーダー・アルバム自体珍しい。しかもタンゴとフォルクローレの双方を取り上げながら、バイオリンという楽器の特性を生かしている。つまりクラシックの音色、タンゴらしいメロディの歌い方、フォルクローレの躍動感を曲ごとに生かしつつ、充実した内容を展開しているのだ。選曲もうまくなされているので流れも良い。
プロデュースのキケ・コンドーミの功績も大きいのだろう。日本の場合、かつてこういうアルバムはタンゴ・ファンからもフォルクローレ・ファンからも支持されない傾向があったが、今のアルゼンチン音楽の流れを考えると、このアルバムはとても面白いのである。

文:西村秀人