らぷらた音楽雑記帳51*西村秀人・南米音楽サイト『カフェ・デ・パンチート』

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らぷらた音楽雑記帳

#051 クラシック、ジャズ、フォルクローレの間で:マノーロ・フアレス

2005.05.26

CD:MDR Records=Notorius Clasicos MDR1410 Teatro Colon / Manolo Juarez 

 アルゼンチン・フォルクローレ界で活躍するピアニスト、マノーロ・フアレスのことは残念ながら日本ではあまり知られているとはいえない。日本でフォルクローレがブームだった頃(1970年代後半)に日本盤が出なかったことも大きく影響していると思うのだが、ジャズやクラシックにも秀でている彼の音楽性が、「土臭い」ものを求めがちな日本のフォルクローレ・ファンにはかえってなじみが薄いものだったということもあるだろう。
マノーロ・フアレスはアルゼンチンとイタリアでクラシックを学んだ後、アレックス・エルリチ=オリーバ(ギター)とエリアス・チチェ・エヘル(パーカッション)を従えた「トリオ・フアレス」で演奏を開始(パーカッションをチャンゴ・ファリアス・ゴメスが担当していた時期もある)、そのユニークなアプローチで注目を浴びる。トリオでの最初レのアルバムは1970年頃の「トリオ・フアレス」(Music Hall 2160)(一部の曲目にフアン・ダレーラのケーナが参加)。ジャズのピアノ・トリオに近いフォーマットやサウンドに、クラシック・ピアノの基礎を生かした美しい音色でフォルクローレの名曲が奏でられていく。今聞いても心地よい名盤といえるだろう(残念ながらCD復刻はない)。同時期にほぼ同様の試みを行ったピアニストにエドゥアルド・ラゴスがおり、実際よく比較されるが、ラゴスの方はアグレッシヴでよりジャズ寄りであり、フアレスの方がサロン的でよりクラシカルだといえるだろう。
その後のフアレスはクラシック作品の作曲に力を入れつつ(この分野でもバレー作品や交響曲など数多くの傑作を発表している)、また著作権協会の要職にもつき、その一方のんびりしたペースでフォルクローレの演奏活動も続け、時折アルバムも録音してきた。
1980年代に入るとリト・ネビアのメロペア・レーベルからアルバムを出し始め、ピアノ・ソロ、ピアノ2台のドゥオ、トリオなど多様な企画で順調に活動をしている。
ここ数年も"Grupo de familia" "Manolo Juarez & Jorge Cumbo"などを発表しているし、以前このコーナーで#019として紹介したCD「ポスタンゴス/ヘラルド・ガンディー二」のボーナストラックにも興味深いガンディー二=フアレスのドゥオ演奏が収録されていた。
今回取り上げるCDは最新作で、2003年の2月14日、アルゼンチン最高の劇場テアトロ・コロンでソロ演奏のコンサートを行った時のライヴ録音。最初のトリオのアルバムから35年を経たこのライヴ録音でも、フアレスの研ぎ澄まされた音色と、シンプルでバランスの取れたメロディの歌い方は変わっていない。ここにあるのはフアレスの音楽のエッセンスであり、多様なジャンルで才能を発揮してきた彼の一番自然な姿といえるのかも知れない。ジャズなどで知られるライヴ・ハウス「ノトリウス」のレーベルから発売された、クラシックの殿堂コロン劇場でのライヴ録音。いかにもフアレスらしい組合せではないか。

文:西村秀人