らぷらた音楽雑記帳49*西村秀人・南米音楽サイト『カフェ・デ・パンチート』

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らぷらた音楽雑記帳

#049 「モーターサイクル・ダイアリーズ」サウンドトラック

1952年ブエノスアイレスからグアヒーラ半島迄:
「モーターサイクル・ダイアリーズ」サウンドトラック

2004.12.25

CD:米ユニバーサル UCCH-1011 映画「モーターサイクル・ダイアリーズ」オリジナル・サウンドトラック
Universal=Edge Music 00289 477 5019 "Diarios de motocicleta Original Motion Picture Soundtrack" 

 現在も公開中の映画「モーターサイクル・ダイアリーズ」のサウンドトラック盤である。アルゼンチン人であるキューバ革命の闘士、エルネスト・チェ・ゲバラの青年時代のエピソード「チェ・ゲバラ/モーターサイクル南米旅行日記」(日本語は棚橋加奈江訳により現代企画室から出版、最近文庫版も出たはず)を原作として、ロバート・レッドフォードが映画化を企画、「セントラル・ステーション」のウォルター(ヴァルテル)・サレスが監督を担当したものだ。私も遅ればせながら観ることが出来たので、サントラ盤に含まれなかったところも含めつつ、この映画の音楽について記すことにしよう。 音楽の担当は1970年代からロックとフォルクローレの境界線で活躍、最近はプロデューサーとして成功しているギター/チャランゴ奏者のグスタボ・サンタオラージャ。サウンドトラックは基本的に彼のオリジナル作品が中心だが、舞台の時代設定(1952年)に合わせて各場面で使用された当時の音楽も収録されている。
サンタオラージャのオリジナル作品はチャカレーラやサンバのリズムを基調としたフォルクローレ的なものと、映画のシーンに合わせた断片的な透明感あふれるサウンドが含まれている。
オープニングに使われる「旅の始まり」はチャカレーラ調。うねるようなエレキギターの奏でるテーマが実に力強く、雄大な南米の風景によくマッチしている。他の曲も映画に登場する壮大な南米各地の風景をすぐ思い起こさせる、スケールの大きな曲ばかりだ。
ブエノスアイレスを出てまもなく、ミラマールの恋人の家でピアノ・ソロを伴奏にダンスするシーンが出てくるが、そこで最初で演奏されていたのは実際にゲバラがこの旅行を決行した1952年のヒットしたブラジルのバイオンの名曲「デリカード」。この曲はアルゼンチンでもかなり流行している。
その次に演奏されるタンゴは1920年代に作曲された「不良仲間」 (Mala junta)。なかなか味のある演奏だなと思ってエンドロールで確認したら、2曲ともベテラン・タンゴ・ピアニスト、オスカル・デリーアの演奏だった。彼は歌手伴奏を多くこなす典型的な職人タイプのピアニスト。しかし残念ながらこの2曲はサントラCDには収められていない。
サントラ盤4曲目に収録された「チピ・チピ」もこの当時のヒット曲だったはず。明らかに聞いた覚えはあるものの、オリジナルが思い出せない。メキシコのヒット曲だったような…。
田舎町のパーティで踊るシーンで使われたが、ピアノとアコーディオン中心の簡素なバンドの演奏がいかにもそれらしかった。
ペルーの診療所でもダンス・パーティーのシーンがあるが、そこではペレス・プラードのマンボがかかる。意外に思うかもしれないが、1952年といえばマンボ・ブームが徐々に盛り上がっていた頃だし、南米地域でペレス・プラードの音楽を最も熱狂的に迎えたのはペルーだったのである(余談だが、マンボ時代以降ペルーのトロピカル音楽シーンで大活躍することになるピーター・デリスとフレディ・ローランドは2人ともペレス・プラードのペルー公演に同行後、ペルーに残ったアルゼンチン人メンバーである)。このシーンで使用されたのは「エル・マンボ」「マンボNo.5」「コーヒー・デンゲ」(Tomando cafe)の3曲。「エル・マンボ」はペレス・プラードの最初のヒットだが、残念ながらサントラに使用されたのは1964年の再録音盤。どうせなら 1949年のRCAオリジナル録音にして欲しかったが、レコード会社の関係でNGだったのだろう。
サントラには収録されなかったが、「マンボNo.5」の方はオリジナル録音が使われていた。「コーヒー・デンゲ」はペレス・プラードがペルーで発表してヒットさせた新リズム「デンゲ」の曲だが、デンゲの発表自体が1963年なのでこれは時代考証に問題あり。でもゲバラたちに贈られたいかだの名が「マンボ・タンゴ号」だったところから「ペルー」と「ペレス・プラード」を結びつけたセンスはなかなかのもの。
サントラCD後半には「ウシュアイアからキアカまで」というタイトルの曲もある。このタイトルで1985年のレオン・ヒエコの同名アルバム(1集から4集まで制作された)を思い出す人も多いだろう。あのアルバムのプロデュースもサンタオラージャであり、レオン・ヒエコによるアルゼンチン南北縦断の音楽旅行は、チェ・ゲバラの南米縦断の旅とイメージの重なる部分もあったのでは?
最後を飾るのは意外なことにウルグアイのポップ・スター、ホルヘ・ドレクスレルの「川を渡って木立の中へ」。邦題は日本盤サントラに記されているものだが、これは映画後半でアマゾンの川を泳いで渡ったゲバラのイメージにちなんでつけたのだと思うが、原題は Al otro lado del rioで、単に「川の反対側へ」というもの。もともとはウルグアイから見たアルゼンチン(あるいはその逆)のことだったのでは?とも思えるが… 
何となくブラジルのカエターノ・ベローゾ風のクールで静かなムードの音楽で映画は幕を閉じていく。
原作も面白かったが、この映画化に際して音楽の持つ効果はかなり大きいと思う。「ラテンのブラピ」こと主演のガエル・ガルシア・ベルナルで注目されたという感じもあるこの映画だが、実はゲバラの遠い血縁だというロドリゴ・デ・ラ・セルナ(確かにチェ・ゲバラの姓もゲバラ・デ・ラ・セルナである)の好演も光っているし、雄大な風景も含めて見どころはたくさんある。
ちなみにサントラCDは米盤と日本盤で少し内容が違う。米盤は19トラック、日本盤は23トラックで、「小道」(Sendero)、「リマ」(Lima)、「ザンビータ」(Zambita)(もちろん正しくはサンビータ)、「川くだり」(Cabalgando)の4曲は日本盤のみの収録。1箇所だけ曲順の異なる部分もある。それぞれの3曲目は日本盤が「チチーナ」 (Chichina)、米盤が「ミラマールを離れて」(Leaving Miramar)となっているが、実際には同じ曲だ。
ジャケットに使用されている写真も若干異なっている。購入の際には御注意を。
文:西村秀人