2004.11.01
このコーナーではここしばらく原則として新録音を取り上げてきたのだが、なかなか充実した旧録音のリリースがあったので、今回はそれを取り上げようと思う。 ロベルト・ゴジェネチェは26歳(1952年)でオラシオ・サルガン楽団の専属歌手としてのデビュー、以降その個性的な語り口で1994年に68歳でその生涯を閉じるまで多くのタンゴ・ファンを魅了してきた。私個人も晩年のステージに3回接する機会があり、特に亡くなる前年にブエノスアイレスで観たステージは、その体力・精神力の限界までタンゴ歌手であり続けようとするゴジェネチェの姿と共に鮮明な想い出として脳裏に焼きついている。 今回の全集リリースはRCAビクトルからのもので、全244曲、ゴジェネチェの全生涯の録音の約4分の3ほどが19枚のCDとして発売される。CDには Rescate Historico(歴史的録音の救出)というマークがつけられており、今後もシリーズとしてさまざまなアーティストの古い録音の復刻が行われていくのかもしれない。これ以前に同じ体裁でトロイロ楽団のRCA全録音が復刻されたが、そちらはすでに一度全集として発売済みだったし、音質の改善も特に見られなかったが、今回のゴジェネチェ・シリーズは音質にも気を遣った跡がみられ、まとめ方もアルバム単位となってだいぶすっきりしている。
今回リリースされた前半10枚の内容は以下の通り。
(1) "Yo soy el mismo" (1952, 1963) サルガン、トロイロ両楽団専属時代の録音。生涯初録音の「アルマ・デ・ロカ」を含む。
(2) "Berretin" (1966-67) バッファ=ベリンジェリ、ポンティエル楽団との共演。
(3) "Che bandoneon" (1967-68) バッファ=ベリンジェリ・トリオ&楽団との共演。
(4) "El cantor de Buenos Aires" (1968) ラウル・ガレーロ指揮オルケスタ・ティピカ・ポルテーニャ伴奏のアルバムをそのまま復刻。
(5) "Nuestro Buenos Aires" (1968) トロイロ楽団伴奏による、ポンティエル曲=シルバ詞の新曲で構成されたアルバムをそのまま復刻。
(6) "Uno" (1968-69) ポンティエル楽団との共演アルバムに、ピアソラとの「ロコへのバラード」「チキリン・デ・バチン」のオリジナル録音を追加。
(7) "Cambalache" (1970) オルケスタ・ティピカ・ポルテーニャ伴奏のアルバム復刻。
(8) "Tinta roja" (1971) かつての恩師トロイロ率いる楽団との再会アルバム。
(9) "Cada vez que me recuerdes" (1971-72) スタンポーネ楽団との最初のアルバムの復刻。
(10) "Soy un arlequin" (1972) スタンポーネ楽団との続編アルバム。
ということで、原則としてアルバム単位でまとめ、そこにシングルのみで発売された音源やアルバムの一部として発売されていた音源を加えている。
今回のリリース中では(2)(3)バッファ=ベリンジェリ共演時代の音源にみられる若々しさ、個人的に大好きなアルバムだった"Mano a mano con Goyeneche" がそのまま復刻された(7)、すでに複数回復刻されているが名盤の誉れ高い(8)、ゴジェネチェ自身もっとも気に入っていたとされるスタンポーネとの共演 (9)(10)と、なかなか充実した内容といえる。数は少ないが、マニアにはうれしいアルバムに漏れた曲目も若干収録されている。この時代のゴジェネチェは語り方もあまり崩さず、ガルデルの流儀にならった正統派の力強い歌唱を聞かせてくれる。「マレーナ」「最後の酔い」「氷雨」など晩年まで歌い続けることになるレパートリーのオリジナル録音も多数含んでいる。 以前のトロイロ全集同様、各CDに録音の詳細なデータ、写真、新聞記事の切り抜きなどがコンピューターで見ることの出来るコンテンツとして含まれている。
後半9枚のリリースがいつになるのかについては情報がないが、「花咲くオレンジの樹」のオリジナルを含むスタンポーネ楽団との3枚目のアルバム(1974)、初復刻となるセステート・タンゴとの豪華共演アルバム(1984年)などもふくまれており、充分期待が持てる。 久しぶりにその個性的な語り口をまとめて聞いていると、晩年になればなるほど高い人気を獲得し、死後なおもその評価を高めていった「最後のタンゴ歌手」ゴジェネチェの短くも濃密な生涯に思いをはせることが出来た。
文:西村秀人