らぷらた音楽雑記帳45*西村秀人・南米音楽サイト『カフェ・デ・パンチート』

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らぷらた音楽雑記帳

#045 日本発タンゴ進行形:小松亮太、タンゴとの対話

2004.09.30

CD: Sony (Japon) SICC196 「タンゴローグ」

 タンゴ・ファンはもちろん、小松亮太を通じてバンドネオンという楽器やタンゴという音楽に触れたばかりの人には待望の1枚だろう。スタジオ録音はかなり久しぶりである。一部をのぞきすべて新作のタンゴだけを集め、今あるタンゴの一番新しい形をさまざまなフォーマットで提示している。
冒頭の作品「ブエノスアイレアンド」、さらに「北から南へ」「蛇腹の影に」と3曲バンドネオン奏者ビクトル・ラバジェンの作品が収録されている。ラバジェンは小松亮太との共演も多く、彼の作品「メリディオナル」はもはや小松亮太オルケスタ・ティピカの定番ナンバーとしてファンにはお馴染み。この3曲もさすがラバジェン、と思わせる重厚な味わいと現代性をたたえたナンバー。次回はラバジェン作品集でもいいんじゃないの?と思える素晴らしさ。この3曲はいずれもオルケスタ・ティピカ編成で、この録音のためにはるばるアルゼンチンから単身来日したニコラス・レデスマのピアノの存在も大きい。他には熊田洋(ピアノ)の作品が「ベトチャプリカ」「コモ?」「何たる不敬!」と3曲。キンテート編成による前2曲はステージでよく取り上げていた曲で、「何たる不敬!」(ディセポロ作のタンゴ「古道具屋」の2番の歌い出しのフレーズをタイトルにしている)は1980年代に京谷弘司トリオ(当時は小松亮太の両親がメンバーだった)がレコーディングしたことのある作品。ここでの演奏もトリオ編成だが、本人が参加すると妖気のようなものが加わるのが面白い。ピアソラの影響も見え隠れしつつ、古典的なミロンガの味もある。これだけの変化に富んだ作品が日本人にも作曲できるのだ。
小松本人の作品も「スピカ・エスキス」「オスバルド・モンテスとの遭遇」と2曲。どちらもメランコリックな味が強く、とてもストレートな感情表現と感じた。 ピアソラ作品はバイオリンの喜多直毅編曲「プレパレンセ」と桜井芳樹編曲「メイド・イン・USA」。前者は以前録音したこともあるピアソラの出世作、後者はピアソラ本人も含め誰もこれまで録音しなかった作品と対照的だが、いずれもかなりユニークで大胆な編曲という点で際立つ。 ゲストのレデスマの自作「タンゴの夢」、ラミロ・ガージョ作「最後のクルド人」はほぼ原型のまま。現代アルゼンチン・タンゴ最良の部分の紹介だ。レオポルド・フェデリコにプレゼントされたバンドネオン独奏曲「私の愛しい蛇腹」はしみじみと。鳥山雄司作「ジェラス・マン」は一瞬タンゴ・エレクトロニカかと思うようなサウンド作りで、ブラジル音楽のような味わいもある。異色な演奏だと思うが、バラエティに富んだアルバムのバランスの中ではうまく生きている。ネスカフェゴールドブレンドのテーマは楽しいおまけ、といった感じ。心地よい緊張感を持って一気に聞いた。グローバル化時代のタンゴの広がりを感じさせる傑作だが、何となく真面目過ぎて、もう少し遊びが欲しいな…と思う部分があるのも確か。まもなく始まるマリア・グラーニャ、オスバルド・ベリンジェリという巨人たちを招いた10月公演では、是非くつろぎ、楽しんで弾くみんなの姿をみたいものだ。
文:西村秀人