らぷらた音楽雑記帳43*西村秀人・南米音楽サイト『カフェ・デ・パンチート』

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らぷらた音楽雑記帳

#043 子供とタンゴ:グラシエラ・ペッセ

2004.08.22

CD: M&M GK28511 "Tangos para chicos vol.2 ( y no tan chicos) / Graciela Pesce"

 「子供」と「タンゴ」… もっとも結びつきにくい組み合わせのように思える。しかしここ数年、「子供たちのためのタンゴ」という難問に挑んでいるユニークなシンガーソングライターがいるのだ。
ラテンアメリカの子供向け音楽というと、まずメキシコのクリ・クリ(ガビオンド・ソレール)の一連の童謡が思い浮かぶ。アルゼンチンでもマリア・エレーナ・ワルシュが軍政時代に書いた社会性を持った童謡シリーズがあったし、子供の作詞コンクールの入賞作品を代表的なロック・シンガーが曲をつけて歌う、なんていう企画盤もあった。しかしそもそも男女の別れがテーマの中心であるタンゴで、子供を対象にすることを考えた人はこれまでいなかったといってもいい。
グラシエラ・ペッセが子供のためのタンゴを作ろうと思い立ったのは、10数年前のこと、7歳になる自分の息子が「小学校でタンゴを教わったけど、歌詞がわからないから、学校に行きたくない」に言った時だそうだ。ブエノスアイレスの小学校のカリキュラムではタンゴを教えることになっているのだ。でも確かに小学生低学年に普通のタンゴの歌詞を理解させるのは無理と言うものだろう。
ペッセは1999年、1枚目のCD、 M&M TK48058 "Tango para chicos" を発表。内容を完全に子供向けにするわけではなく、ルンファルド(俗語)も使用しているが、曲のテーマは子供らしいものに設定し、場面も現代の馴染みやすい風景にして、懐古は一切無し。歌には子供たちのコーラス隊もまじえ、「小学生が一緒に歌えるタンゴ」を目指している。この1枚目には "Chapuzon"(水浴び)という曲でフリア・センコがゲスト参加して、アルバムの価値を高めていた。他にも「私のおもちゃは遊びたがっている」「マキシキオスコ」「黄金の友だち」「私のゴム毬」など子供らしいタイトルが並ぶ。 そして今回5年ぶりに第2集が発売された。今回は副題に「それほど子供ではない人たちのためにも」と書き添えられていて、よりタンゴの伝統的な部分を多く加えた感じ。
第1集はすべて自作だったが、今回は「ねえ、マテ茶飲みなよ」(Toma mate, che)と「エル・ネグロ・スチコーバ」(El Ngero Schicoba)という、それぞれ1857年と1867年に発表されたものすごく古いタンゴを収録している。2曲とも今日知られているダンス音楽のタンゴが誕生したとされる以前の作品で、これらはいわばタンゴの先祖で、「タンゴ・アンダルース」というスペインの軽演劇で歌われた形式の流れを組んだ「歌のタンゴ登場以前の俗謡タンゴ」なのである。録音自体珍しいものだが、タンゴが男と女の話になる以前の明るい調子に、子供でも歌える要素を感じ取ったのだろう。他の収録曲は自作(一部他の人が作曲したものも)で、「お母さん、言ったじゃない」(Te dije mama, te dije)、「魔女」(Bruja)、「ガムを捨てな」(Tira ese Chicle)、「よう、不平屋さん」(Che, rezongon)などのタイトルが並ぶ。今回はフアン・カルロス・バグリエットとパトリシア・バローネを1曲づつゲストに加わっている。 ジャケット裏には簡単なルンファルド一覧もついて楽しいのだが、伴奏のサウンドが若干軽い(ま、子供向きと言えばそうなのだが)。本人の歌はけっこうキーが低くてハスキーであまり子供向きな感じがしないのがちと欠点か。
でも唯一無二の試みであることはまちがいなく、アルゼンチンでの評価は高い。未入手だが、今年の4月にDaniel Yarmolinskiという人との共著で "Bulebu con Soda - Tango para ofrecer a los chicos"という本も出版したそうだ。いずれ彼女の作品をアルゼンチン・タンゴ界、ポピュラー界の大御所を集めて歌わせたらかなり面白いものができるだろうなあ…
文:西村秀人