らぷらた音楽雑記帳41*西村秀人・南米音楽サイト『カフェ・デ・パンチート』

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らぷらた音楽雑記帳

#041 古くて新しい、ガルデルに捧げるタンゴの心

2004.07.26

CD: RANDOM RR-790 "Brian Chambouleyron le canta a Gardel"

 歌手はもちろん、オルケスタや演奏家によるものも含め、これまで実に数多くの「カルロス・ガルデル曲集」が作られてきた。タンゴのアーティストなら一度はチャレンジしたいテーマだが、テーマがテーマだけにいいものを作るのは難しい。何よりガルデルが歌ったバージョンという最高の手本が立ちはだかるからである。ガルデルへの思慕はもちろん、アーティストとしての自分の個性、アルバム全体のバランス感覚、伴奏の構成などを見極めるセンスの良さが必要になってくるわけだ。
今回のアルバムはブリアン・チャンボウレイロンという変わった苗字の歌手によるアルバム。1964年生まれの40歳。両親はアルゼンチン人のようだが、生まれたのはパリで、その後メキシコ、ブラジルで青少年時代を過ごし、アルゼンチン国籍となったのは25歳の時。注目を浴びたのは1997年 "Recuerdos son recuerdos"、1998年 "Glorias portenas"という、ブエノスアイレスでかなりのロングランとなった人気音楽劇に出演、編曲も担当した時。この2つの劇は1920-1930年代のブエノスアイレスをテーマに、当時のタンゴ、ランチェラ、ワルツなどをちりばめた楽しいミュージカル仕立てのショウで、女優としても活躍するソレダー・ビジャミルを中心に、ギター、バンドネオン奏者らが出演、往時の雰囲気をたたえたステージは大きな話題となり、「グローリアス・ポルテーニャス」の方は今日までに300回上演され、ショウの記念CDも合計で3枚発売された。現代を代表する女性歌手の一人であるリディア・ボルダのCD "Patio de tango" の伴奏でも優れた才能をみせた。
今回のブリアンの初アルバムはそのショウの延長線上にあるものだが、より親密な雰囲気でガルデルへの真面目な想いを伝えてくれる。レパートリーは「苦い場末」「ゴロンドリーナス」「孤独」「首の差で」などのガルデル作品が大半で、他にガルデルの代表的レパートリーから「クリオージョの決闘」「ブエノスアイレス」の2曲、ブリアンがガルデルに捧げて書いた「あのつぐみ」 (Aquel zorzal)、ボーナストラックとして、ガルデルもかつてフランス語で録音したことのある「聞かせてよ愛の言葉を」(Parlez moi d'amour) が収録されている。伴奏はオリジナルの流儀に忠実にギター中心だが、曲によって参加するキケ・コンドーミのバイオリンがよい感じを出している(この人はタンゴ専門ではないのだが、そのことがかえって効果を生んでいる感じ)。ブリアンの歌唱もガルデル流だが、真似ではなく、現代らしいクールな感覚も備えているし、じっくりとした語り口にアルゼンチン人としてのガルデルへの誇りが感じられる。古くて新しいガルデルへのトリビュート。タンゴの重要なアイデンティティであるガルデルはやっぱり不滅なのです。
文:西村秀人