らぷらた音楽雑記帳38*西村秀人・南米音楽サイト『カフェ・デ・パンチート』

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らぷらた音楽雑記帳

#038 ディナ・ロットが歌うセファルディの歌:
放浪するユダヤ魂の詩

2004.05.23

CD:Circo Beat=Aqcua Records CB-001 "Buena Semana - Cancionero tradicional sefardi / Dina Rot" (2001) 

 セファルディ(セファラディ、セファラード)と呼ばれる人々がいる。かつてスペインに暮らしていたユダヤの人々のことで、1492年のレコンキスタの完成(イベリア半島からのイスラム教徒の追放)、スペイン国内の統一という過程の中で、彼らは異教徒として追放され、イタリア、フランス、トルコ、オランダ、アメリカ、エジプトなどに逃れたユダヤ人の集団である。 よく知られているようにアルゼンチンにはユダヤ系の人が多い。しかしその大半はロシア革命の時に逃げてきたロシアのユダヤ人の末裔がもっとも多いらしく、第二次大戦時にヒットラーの迫害を逃れてきた東欧などのユダヤ人も含まれているが、セファルディは多数派ではないらしい。
それだけに今回取り上げるこのCDは異才を放つ。世界各地に残るセファルディの伝統歌を集めたもの(一部は詩に自ら作曲したものも)。歌っているのは女性歌手のディナ・ロット。今から30年ほど前、トローバ原盤でビクターから「アルゼンチンの星」 (原題:Yo canto a los poetas 、SJET-8397)、「獄中よりの手紙」(原題:Cartas、SWX-7021)という2枚のアルバムが発売されていた。前者はガブリエラ・ミストラル、パブロ・ネルーダなどラテンアメリカを中心に名だたる詩人の詩にディナ自ら曲をつけ歌ったもの、後者はトルコの詩人ナズィム・ヒクメットが獄中から妻に宛てた手紙をスペイン語に訳し曲をつけたもので、民族色溢れるフォルクローレ・アルバム中心のシリーズ中にあって、きわめて異色の2枚だった(現在アルゼンチンではこの2枚が1枚にまとめられCD化されている)。
これらの2枚のLPと今回のCDの間には30年の歳月が流れている。きけばディナ・ロットは軍事政権を嫌って1975年マドリードに移住、10年間の亡命生活を送った。すっかり名前を聞かなくなったのはそのせいもあったのだ。亡命時17歳だった娘セシリアは女優セシリア・ロス(Cecilia Roth)になり、5年前にロック歌手のフィト・パエスと結婚した。今回のアルバムで1曲フィト・パエスがゲストでピアノを弾いているが、実はディナ・ロットとフィトは義理の親子なのである。
今回の新録音は完成までに5年を要したという。おだやかで丁寧な歌唱は30年前の誠実な歌いっぷりとなんら変わらない。独特の節回しや伴奏に使われカーヌーンなどの民族楽器がセファルディという「異文化世界」を感じさせる一方で、500年受け継がれてきた放浪の民の伝統をしみじみと感じさせる素朴な哀愁が伝わる。いわゆる一般に考えられるアルゼンチン的なところの少ない作品だが、国民の大半が移民であるアルゼンチンにおいて共感される部分は大きいのかもしれない。

文:西村秀人