らぷらた音楽雑記帳37*西村秀人・南米音楽サイト『カフェ・デ・パンチート』

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らぷらた音楽雑記帳

#037 熟年タンゴ歌手の挑戦:ラウル・ラビエのカンドンベ・アルバム

2004.05.09

CD: Canopus=ACQUA 007-2 "Yo soy el Negro / Raul Lavie"

 今やルベン・フアレスと並んで男性タンゴ歌手ベテラン組の代表格となったラウル・ラビエの最新盤。今回は、1940年代をテーマにしたタンゴ名曲集だった前作とは全く異なり、何と全体の半分以上をカンドンベが占めているのだ。
ラビエは1937年ロサリオ生まれ。20歳で人気絶頂のエクトル・バレーラ楽団の専属となり、ほどなく同僚と共同主宰の楽団を立ち上げるがタイミングが悪く長続きしなかった。その後ロックンロール系のジャンルに転向し、アイドルの仲間入りを果たす。1960年代半ばからはタンゴ歌手に復帰すると共にミュージカル俳優としても活躍、「ハロー・ドーリー」「ラ・マンチャの男」などで主役をはり、海外でも知られる存在となり、映画にも出演した。 
1984年11月、アストル・ピアソラ二度目の来日に同行し初来日。1986年からは大ヒットしたタンゴ・ショウ「タンゴ・アルゼンチーノ」にも参加し世界中で公演。2001年にセステート・スール、フアンホ・ドミンゲスとともに来日公演を行ったことも記憶に新しい。
これだけみてもその活動範囲はあまりに広く多彩で、こういうタンゴ歌手はあまり他にいない。ややクラシック的な、のどをしっかり開いて歌う唱法なので、タンゴくさい歌唱よりはミュージカルに向いているのは確か。しかし50歳を過ぎたあたりから、自然と声の張り方に抑制が効き始め、タンゴ歌手としていいバランスになってきたように思う。
これまでのラウル・ラビエのソロ歌手としてのアルバムを挙げておこう。

(1) RCA VIK LZ-1118 "Raul "Polo" Lavie"(CD BMG 74321 31429-2 Tango に同時期のシングル曲とともに収録)
(2) CBS 9076 "…el Negro Lavie - Tango"(未CD化)
(3) CBS 9171 "La ciudad de todos" (未CD化、Cacho Tiraoとの共同アルバム)
(4) Microfon PROM-467 "Raul Lavie" (Sony 2-493595他としてCD化)
(5) Philips 6347348 "Porque amo a Buenos Aires" (Philips 510501-2としてCD化)
(6) Philips 6347399 "El dia que me quieras" (未CD化)
(7) Philips 6347499 "Adios Nonino" (未CD化)
(8) Philips (CD) 514678-2 "Memoria del futuro"
(9) ラティーナ=Tango City (CD) CDTC-5003 「日曜日のミロンガ」

これまで特にカンドンベや黒人系の音楽に傾倒してきたわけではなく、今回のCDは67歳にしてかなり思い切ったイメージチェンジをはかったものと言える。収録曲のうち古い曲は、ピアナ=マンシの黄金コンビによる「パパ・バルタサル」、1940年代のヒット曲「アサバーチェ」、ピアソラの異色作「ジョ・ソイ・エル・ネグロ」という3曲のカンドンベだけで、残りはタンゴも含めてピアニストのサウル・コンセンティーノ(一部はフアン・カルロス・スニーニとの共作)の作った新曲ばかり。うち4曲は現代屈指の大物女流詩人エラディア・ブラスケスの詩によるもので、ブラスケスは1曲歌でもゲスト参加している。
伴奏にドラム、キーボード、サックスなどが入っている点に抵抗があるタンゴ・ファンもいると思うが、円熟してなお新しい一歩を踏み出そうとする姿勢には感服させられる。
3曲収録されたタンゴ(すべてコセンティーノ=ブラスケス作品)が一番合っているなあ、と思うのも確かだけれど。いずれにしろ、現代的な詩にカンドンベのリズムを組み合わせて、歌のタンゴの新しい方向を示唆した作品として興味深い。

文:西村秀人