らぷらた音楽雑記帳28*西村秀人・南米音楽サイト『カフェ・デ・パンチート』

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らぷらた音楽雑記帳

#028 タンゴの色香に隠されたファドの謎:
カリーナ・ベオルレギ

2003.12.25

CD: Demoliendo Tangos (No.なし) Caprichosa / Karina Beorlegui

下着に網タイツ姿でベッドに寝そべり、こちらを見つめながらマテ茶にトースト。トーストに塗っているのがドゥルセ・デ・レチェでなく蜂蜜なのが惜しいが、タンゴには珍しい何とも色っぽいジャケット。
本作はおそらくは女優が本業であろうと推測される歌手カリーナ・ベオルレギのファーストCD。最近は小さなタンゲリーアで出演者が全員女性というショウで歌ったりしているようだし、当時は気付かなかったが今年の3月のブエノスアイレス・タンゴ・フェスティバルにも「クラシックなバーにおけるコンサート」シリーズで登場していた。
歌も悪くないのだが、興味をひかれるのは選曲。若い女性にしてはかなり渋いのである。タンゴはポンティエル=コントゥルシの「タバコ」"Tabaco"、日本に長く滞在したこともあるロサリオ出身のバンドネオン奏者フェルナンド・テルの代表作「行けよ、栗毛の愛馬」"Vamos, vamos zaino viejo"、アイエタ=ガルシア・ヒメネス作の「これで二人は同じ」"Ya estamos iguales"と「明日」"Manana"、そして今の人気の文章家(あまりよく正体を知らないがカリーナ出演のミュージカルの脚本なども書いている)アレハンドロ・ドリーナの新作「誰もわからないように」という5曲のみ(他に伴奏グループの器楽演奏が1曲)。他にミロンガ、ワルツ、ランチェラ、メキシコのマリア・グレベールのカンシオンなど多彩だが、興味を引くのは3曲のファド。
ファド(fado)といえば。アマリア・ロドリゲスらの活躍で広く知られたポルトガルの歌謡。ところがアルゼンチンには1920年代からタンゴ歌手のレパートリーだったファドというのがあり、これがちょっと感じが違うのだ。
本作収録3曲のうち、「このおかしな人生」"Estranha forma de vida"はアマリアの名唱でも知られる名曲(最近日本でも翻訳が出版されたアマリアの伝記のタイトルがこの曲名だった)。その一方、CDのタイトル曲にもなった「気まぐれ女」 Caprichosa はアルゼンチン製のファドで、ガルデルと親交の深かったウルグアイ生まれのギタリスト、フロイラン・アギラールの作品。1920年代に作られたものだが、どう聞いてもアマリア・ロドリゲスの歌うファドとは異質なもの。ジプシー調のメロディーを持ち、しかしリズムは軽快なのである。ファドが国際的に知られはじめるのはもっと後の時代だし、ポルトガル本国でも昔のファドはこうだったのかもしれないが、今改めて並べて聞くと不思議な感じ。当時のアルゼンチン人が「ファド」だと思ったのはどのような音楽だったのだろう...ブエノスアイレスにポルトガル移民は少ないしねえ...。残る1曲は新作かな?と思われるのだが、タイトルはポルトガル語、歌はスペイン語。メロディーは本場ものに近く、リズムはガルデル時代のアルゼンチンのファドのよう。うーん…まあどれもファドってことか。
いずれにしろ、ちょっと昔の雰囲気を持った、女性歌手の自主制作盤としてはなかなかの秀作。ステージを見てみたい雰囲気の持ち主である(もちろんジャケットの女性が本人だということ前提にしての話だけど)。
文:西村秀人