らぷらた音楽雑記帳27*西村秀人・南米音楽サイト『カフェ・デ・パンチート』

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らぷらた音楽雑記帳

#027 アコーディオン…だけどアルゼンチン・タンゴ:
イルド・パトリアルカ

2003.12.10

CD: Melopea CDM-161 El acordeon Vol.1 / ILDO PATRIARCA (2003)

アルゼンチン・タンゴの華、といえばバンドネオン。アコーディオンといえば、たいていはチャマメに代表されるリトラル音楽。タンゴでアコーディオンといえば、ヨーロッパのコンチネンタル・タンゴのスタイル。ところが中にはアコーディオンで本格的なタンゴ演奏に専心するアルゼンチン人もいたりするのだ。
イルド・パトリアルカは1939年コルドバ州ラ・カルロータ生まれの64歳。リトラル音楽のアコーディオンに革命を起こした名手、ラウル・バルボーサとはとても親しい友人だそうだ。これまであまり知られていなかったのは海外での活動が多かったかららしく、アメリカ、スペイン、スイス、ブラジル、ボリビア、カナダで活動してきた。これまで6枚のアルバムを制作したそうだが、私の手元にあるのは1997年のフランス盤、KARDUM KAR-996 "Verano porteno / Ildo Patriarca"だけだった。
しかしこのCDは私にとって大変印象的なもので、アコーディオンでありながら、「チャマメの演奏家、あるいはミュゼットの演奏家がタンゴをやってみました」という感じではなく、バンドネオンのフィーリングをそのまま表現したような独特のセンスを備えていた。曲目も「花咲くオレンジの樹」「フリオ・デカロに捧ぐ」「私の隠れ家」などかなり凝ったもので、アルフレド・ゴビの珍しい作品(ワルツ)「ビエホ・マドリガル」まで入っているのだから本当に驚きだった。
かつてはブエノスアイレスでもタランテラ、ポルカ、ランチェラなど欧州系のダンス音楽の需要があり、フェリシアーノ・ブルネリ、マッソブリオ、ベルトリン、アントニオ・ビシオ、アティリオ・カベストリ、フリオ・アレマンなどこうした音楽に従事するアコーディオン奏者もたくさんいた。そして彼らが時に披露するタンゴ演奏は実に見事なものだった。
しかしタランテラやランチェラが昔を懐かしむ文脈でしか聞かれなくなった今では、都市音楽で活躍するアコーディオン奏者は減り、自然とアコーディオン=チャマメというイメージが固まっていった。 だからこそリトラル音楽を目指さなかったイルドの場合、いくら充分な技術を持っていても海外に活動の中心を持っていかざるを得なかった部分はあるのだろう(イルドの場合、チャマメはやらないが、ミュゼットやジャズ、ブラジルものはレパートリーに入っている)。
今回取り上げるCDはそんな彼が本国アルゼンチンで今年制作したもので、「デカリッシモ」「エル・アランケ」「ノスタルヒコ」「ガジョ・シエゴ」など器楽的な作品が多いのが個性的。「両親の家」でリト・ネビアのキーボードが入る以外はすべて彼のソロで、独特の重厚な響きを持つ、しかし軽快なリズムを忘れない好演奏を聞かせる。個人的には前述のフランス盤の方が好みだが、今回の作品も健在ぶりがしめされていてうれしい。こういう「ワン・アンド・オンリー」タイプの演奏家には長くいい演奏を聞かせ続けてもらいたいものだ。
CDには「第1集」とある。それがイルドにかかるのか、アコーディオンにかかるのかよくわからないが、いずれにしろ楽しみなシリーズである(とかいって Vol.1 しかでないケースというのも多いのだが)。

文:西村秀人