らぷらた音楽雑記帳22*西村秀人・南米音楽サイト『カフェ・デ・パンチート』

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らぷらた音楽雑記帳

#022 伝説のジャズ・ピアニストとタンゴの出会い

2003.10.01

CD:DISCOS CNR 21602 "Fuimos / Maria Volonte-Horacio Larumbe"

経済危機以後、厳しい状況が続くアルゼンチンだが、新人女性タンゴ歌手のCDだけは毎月数点が登場している(といってもほとんどは自主制作だが)。そうした中でもっとも安定した活動をしている歌手の一人がマリア・ボロンテー。
ここ数年カフェ・トルトーニの奥にある小さなスペース「アルフォンシーナ・ストルニィのサロン」でライヴをよくやっており、CDも今回の"Fuimos"で3枚目となる。
3年ほど前だったか、一度ボロンテーのステージをやはりカフェ・トルトーニで観た。1950年代から有名楽団で活躍してきたバンドネオン奏者パスクアル・マモーネを中心としたトリオが伴奏をつとめていたが、ピアニストには特別な雰囲気が漂っていた。その盲目の音楽家がアルゼンチンでは伝説的なジャズ・ピア二ストであったことを知ったのはだいぶ後のこと。そのピア二スト、オラシオ・ラルンベは1939年ブエノスアイレス州の生まれで、17歳でプロ・デビュー、25歳の時スイスで1年間演奏、帰国後「真夜中のジャズ」というテレビ番組に出演してその名を知られるようになる。その後もストレートなジャズやブラジル音楽の分野で活躍を続けてきた。しかしタンゴ界との接点は皆無に等しく、ジャズやシャンソンもレパートリーに含む歌手ボロンテーとのコンビは自然な成り行きだったのかもしれないが、逆にラルンベを知る人には大きな驚きだったのかもしれない。
ボロンテーの過去の作品 "Tango y otras pasiones"(M&Z Records CD0001、1996年)、 "Cornizas de corazoo'n (M&Z Records CD002、1999年)"にもラルンベは参加していたが、今回のCDはラルンベのピアノ・ソロ伴奏で歌うスタジオ録音。表題曲の「フイモス」を始め、「いつまでもここに」「空のひとかけら」「ナダ」「最後のコーヒー」「セラ・ウナ・ノーチェ」などじっくり語りかける必要のある、メロディの美しい曲ばかりが選ばれている。以前は時として押し付けがましい感じがあったボロンテーの歌も、ラルンベのソロ伴奏ではぐっと抑えた表現になっており、これまでとは違う落ち着いた魅力を見せている。CDの最後にはボーナストラックとして2002年8月のアルベアール劇場でのライヴ録音から、ファドの女王アマリア・ロドリゲスの持ち歌だった「このおかしな人生」(Estranha forma da vida)<最近日本でアマリア・ロドリゲスの評伝が出版されたが、この曲がタイトルになっている>と、ラルンベのソロによるミロンガ「ラ・プニャラーダ」が収録されている。
そのラルンベが先週の土曜日(9月27日)、心筋梗塞で急逝した。このCDによってふたたび注目を集めるところだったのではないかと考えると残念でならない。インターネットでも聴取できるRadio de la Ciudad (FM 2x4)の番組 "Tango en vivo"の9月16日放送分にマリア・ボロンテーが出演した際ラルンベが伴奏していなかったのでおかしいな?とは思っていた。ラルンベは目が不自由なので、編曲は基本的にすべて彼の頭の中で組み立てた即興的なものであり、彼以外には出来ない。カフェ・トルトーニでの夜を大切な思い出としてとっておこう。
文:西村秀人