2003.10.15
CD:Nueva Direccioo'n No.なし "Tango agazapado / La Chicana"
1990 年代後半、ブエノスアイレスで若手ミュージシャンたちが一斉にタンゴの再評価を始めた。あるものはピアソラの音楽に傾倒し、あるものはギター伴奏でガルデルのレパートリーを取り上げ、またあるものは本格的なオルケスタ・ティピカの復活を試みた。他にもさまざまなタイプのグループが登場し、それまでの沈滞が嘘のような活況を呈した。
あれから約5年、自然と実力のあるアーティストたちが今も残って活動を続けている。今回紹介するラ・チカーナもそうしたグループの一つであり、デビュー当時から女性歌手+男性演奏家という組み合わせによるユニークなユニットとして注目を浴びていた。
今回の1枚は "Ayer hoy era mann~ana" "Un giro extran~o"に続く彼らのサード・アルバムとなる。 「ラ・チカーナ」は女性歌手のドローレス・ソラーと、作編曲・ギターのアチョ・エストルが中心となり、1995年に活動を開始、通常3?5名編成でライヴを中心に活動している。彼らのホームページ(http://www.lachicanatango.com/)によれば、結成当初から初期のタンゴにみられる「はつらつとしたリズム」に惹かれ、「皮肉なメロドラマ」にみられる「反骨精神」を強調してきたのだと言う。彼らのレパートリーは8割以上がアチョ・エストルのオリジナル作品。これまでも "Llamame Chamame"(チャマメと呼んで)、 "El apagon"(停電)などの皮相的でユーモラスな作品があったし、今回のアルバムにも "Una iguana y tres monedas"(1匹のイグアナと3枚の硬貨)、"Frankenstein"(フランケンシュタイン)、"Ayer hoy era mann~ana"(昨日、今日は明日だった)などくせのあるタイトルが並んでいる。しかし曲調はタンゴの伝統を踏まえたもので、むしろ歌詞の内容に現代性を求めていく姿勢はあまり他のアーティストに見られない方向と言える。
もう一つ面白いのはそれぞれのアルバムに少しづつ古い曲が含まれている点で、今回のアルバムにはボリビア・フォルクローレの名曲 "El camba"、かなり古いタンゴ "Callejera"、ガルデルが映画で歌ったルンバ "Sol tropical"、ウルグアイ・ポピュラー音楽界の異才エドゥアルド・マテオ作の "Si vieras"と、かなり個性的な選曲がなされている。しかしそれらはエストルの自作と絶妙なバランスで配置され、CDの全体に面白い流れをつくり出しているのだ。
彼らはヨーロッパのみならず、ブラジル、セネガル、中国でも公演を行っており、それは今回のCDのサウンドにも反映されている。着実に進化していくこのグループは「歌のタンゴの明日」をかいま見せてくれている気がする。
ところで通常スペイン語で「ラ・チカーナ」と言えば、アメリカ合衆国にいるメキシコ系女性のことだが、このグループの「チカーナ」はアルゼンチンの俗語で「裁判などの手続きの悪用」という意味があるそうで、タンゴの持つ社会批判的な精神をこの語に託したのだろう。
文:西村秀人