2003.08.20
CD: EPSA (Argentina) 0264-02 "Postangos en vivo en Rosario / GERARDO GANDINI"
時はさかのぼって1989年、現代タンゴの巨人アストル・ピアソラが新しい六重奏団で活動を開始した。1978年から五重奏団で安定した活動を続けてきたピアソラが病を克服し、さらに新しい試みに踏み出したのだ。その六重奏団の編成はバンドネオン2、チェロ、ピアノ、コントラバス、ギターというものだったが、ピアソラ以外にもう一人バンドネオンがいること、バイオリンを抜いてチェロを採用したことが驚きだった。やがてその新編成による録音を聞き、もう一つの驚きが生じる。それはヘラルド・ガンディーニというピアニストだった。
ピアソラがガンディーニを採用したことはブエノスアイレスでもちょっとした話題だったらしい。というのもガンディーニはクラシックの現代音楽の作曲家・ピアニストとしてすでに高名な存在であり、またこれまでまったくタンゴを演奏したことがなく、あまりに意外な人選だったからである。しかしガンディーニの即興的な精神は六重奏団のサウンドに独特の緊張感をもたらし、これまでのピアソラ・グループのピアニストの誰とも異なる感覚で特色を生み出した。
しかし残念ながらピアソラの病によってガンディーニのピアソラ・グループでの活動は1年足らずで終わった。その後ガンディーニはピアノ・ソロによる独自のスタイルによるタンゴ演奏に取り組みはじめ、1996年に「ポスタンゴス」 "Postangos"というCDを発表する。
タイトルは Post + Tangos の造語であり、「次の時代のタンゴ」といったニュアンスなのだろう。よく知られたタンゴの名曲を自由な発想で編曲し奏でていく。編曲と言うよりは「解体・再構築」という表現がぴったりかもしれない。伝統的なタンゴ・ファンなら5分で投げ出してしまうかもしれないが、自由な発想を持って聞けば、その斬新な展開に引き込まれるはず。そのガンディーニが2002年11月ロサリオで行ったコンサートのライヴ録音が今回紹介するCDである。基本的な行き方は同じだが、聴衆を前にしているせいか、スタジオ録音の落ち着きとは一味違った力強さがある。実はガンディーニはこの録音の前、病に倒れており、このコンサートは復活をかけたものだったのだ。そう言われてみれば、そんな気合いも感じられる。「ラ・クンパルシータ」「両親の家」「チャウ・パリ」「ガルデル・メドレー」など名曲を中心に、クラシック、ジャズ、タンゴが遜色なく混じりあった感覚で料理していく。ボーナストラックの2曲ではジャズを吸収したフォルクローレ・ピアニスト、マノーロ・フアレスとのドゥオによる即興が2曲収録されていて、これも興味深い。何だか変な天候の今年の夏だが、その夏が終わった秋の夜長にでもまたじっくり聞いてみようかな、と思うようなCDである。
文:西村秀人