らぷらた音楽雑記帳18*西村秀人・南米音楽サイト『カフェ・デ・パンチート』

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らぷらた音楽雑記帳

#018 隠れた大物、チャンゴ・ファリアス・ゴメスの音楽世界

2003.08.06

今回からしばらく新しいCDの紹介をテーマの中心に据えていこうと思う。
今回取り上げるのは、日本にも少し前に入荷してきたチャンゴ・ファリアス・ゴメスの新録音、

"Chango sin arreglo" (アルゼンチンTONICA=NUEVA DIRECCION No.なし)

チャンゴとマリアンのファリアス・ゴメス兄妹のことは熱心なフォルクローレ・ファンならご存じかもしれない。特にマリアンのレコードは一度日本で発売されたことがある(コロムビア=グローバル ZQ7056-GB『アルゼンチン・フォルクローレの南十字星』、1976年)。このレコードでパーカッション、ギター、チャランゴ、ケーナを巧みに演奏し、編曲も手がけていたのが兄のチャンゴであった。
現在65歳のチャンゴ(本名はフアン・エンリケ)がフォルクローレ界で注目を浴びたのは1960年、当時最もモダンなハーモニーを誇った四重唱「ロス・ウアンカ・ウア」の設立メンバーとなった時だった。1966年には同タイプの「グルーポ・ボカル・アルヘンティーノ」を設立、このグループの解散後はトローバやカバルといったアルゼンチン資本のレコード・レーベルでプロデューサーとして重要な仕事を残してきた。1976年から1982年までパリで亡命生活を余儀なくされるが、帰国後もさまざまな現代色の強いグループで活躍。92年からは「ラ・マニーハ」(=柄)というグループを結成、CDやライヴにじっくりと充実した活動を続けている。 「あなたたちファリアス・ゴメス一家は、アサード(アルゼンチン式焼き肉)にマスタードを塗っても、味を損なわない能力がある唯一の人々である」...これは今回のCDのライナーに登場するアタウアルパ・ユパンキによるファリアス・ゴメス評である。伝統的なフォルクローレをベースにしながらもそこにジャズやロックなどの現代的要素を調和させているチャンゴの音楽を「アサードにマスタード」と例えたわけだ。
今回のCDはそのユパンキの傑作「こおろぎのサンバ」(Zamba del grillo)に始まり、「ラ・アラバンサ」「ミロンガ・デル・ペオン・デ・カンポ」「トゥクマンの郷愁」とユパンキ作品を4曲含んでいる。さまざまな打楽器やエレキ・ギター、バンドネオン、フルートなどを加えたユニークなサウンドに、少し枯れたチャンゴの歌声。まさに「アサードにマスタード」のおいしさなのかも知れない。かと思えばチリのビクトル・ハラの代表作「アマンダの想い出」をギター伴奏でしみじみと歌い、「1978年6月、パリ」という亡命時代への思いを綴った自作も登場する。さりげなく11曲目に収められた「エル・ウアフチート」は父エンリケ・"タタ"・ファリアス・ ゴメスの作品だ。選曲の妙のみならず、凝りに凝ったライナー・ノーツにもチャンゴのユニークなセンスがあふれている(その面白さを言葉で説明するのは難しいのだが)。
常に現代を指向するチャンゴのサウンドと、アルゼンチン・フォルクローレの伝統が衝突することなく共存出来ている充実の内容。きっとすごく時間をかけて制作されたのだろうと推測する。タイトルの"sin arreglo"とは「アレンジをしなかった」ということではなく、チャンゴの思うままに制作し、他のいかなる人の手も加わっていません、という意味なのだろう。日本のファンにはもっと伝統寄りのものの方が受けるのだろうが、これこそフォルクローレの今の姿だ、と言いたい。
文:西村秀人