らぷらた音楽雑記帳16*西村秀人・南米音楽サイト『カフェ・デ・パンチート』

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らぷらた音楽雑記帳

#016 「ウマウアカの人」は「花祭り」?

2003.07.09

先日アルゼンチンのラ・ナシオン紙WEB版にアルゼンチン北部フフイ州のウマウアカ渓谷が、同国8ケ所目のユネスコ世界遺産に指定されるとのニュースがあった。フフイはボリビアと国境を接する州で、文化的にもアンデス諸国との共通点が多い。筆者は訪れたことはないが、写真で見る限りウマウアカ渓谷の風景は雄大で特徴的である。
ウマウアカと言えば、フォルクローレの名曲「エル・ウマウアケーニョ」(ウマウアカの人)を思い出す人も多いだろう。タンゴとフォルクローレ界の両方で活躍した才人エドムンド・サルディバル・イホが1943年に作ったとされるカルナバリート(ペルー・ボリビアのウアイノと同系統の音楽)で、一般には「花祭り」というタイトルで知られている。原曲の歌詞はカーニバルの到来を称えるシンプルなもので、「花」は登場しない。
実は「花祭り」というタイトルは、1950年代初めにジャック・プラント作のフランス詞がついた時のタイトル "La fete des fleurs"の日本語訳なのである(したがって日本各地に残るお釈迦様の「花祭り」とも関係はないのだ)。こちらの歌詞の内容は「カーニバルに花と楽士を乗せて流れを行く舟の姿を歌ったもの」(以上永田文夫著「ラテン・タンゴ・フォルクローレ」より)ということで、どうやら舞台はウマウアカから離れているようである。
このフランス語版はイベット・ジローが歌いシャンソンとして大ヒットした。
アルゼンチンでこの曲の古い録音は少ない。日本でケーナの総帥と呼ばれたアントニオ・パントーハのコンフント・インドアメリカーノによる録音(RCA)はおそらくシャンソン化の前と思われるが、作者エドムンド・サルディバルの自作自演はそれほど古いものではなく、最初に録音したのは1953年頃のようだ。 私の手元にサルディバルのコンフント・フォルクロリコによる初期のLPが2枚ある。アルゼンチンのパンパ・レーベル LRS15012、LRS15021という25センチ盤でいずれも冒頭を「エル・ウマウアケーニョ」が飾っている。おそらく番号が近いことから発売時期もそう変わらないはずなのだが、この2種類の演奏は明らかに違うものなのだ。基本的な編曲は一緒だが、15012の方は演奏が荒っぽく録音も悪い。ひょっとして外国でヒットしたからあわてて良い条件で録音し直した、ということだろうか。日本で発売されたのはすべて後者だったようだ。チャランゴとケーナの響きに始まって、後半はバイオリンを加えたサロン風の雰囲気を加えつつ、ひなびたドゥオが歌うという、作者ならではのアイデアにあふれた名演である。(サルディバルはその後亡くなる1年前の1977年にもロス・アンダリエゴスとの共演で「花祭り」を再録音している)
世界的な名曲となった証しとも言えるのだが、さまざまなアンデス系音楽グループの録音のみならず、ベネズエラのアルデマーロ・ロメロ楽団、東京キューバン・ボーイズ、琴による演奏、ムード・オーケストラとジャンルを超えて広く取り上げられている。
そういえば、今は閉店となってしまった六本木のタンゴ&フォルクローレ・スポットでもいつもフィナーレはこの曲だったなあ...

文:西村秀人