2003.04.16
第2回でも少し取り上げたが、アルゼンチンの人々にとって「ガウチョ」は特別な存在である。牧場を渡り歩き、勝って気ままに大自然の中で暮らすガウチョ。そんなイメージは急激なスピードで都市化を突き進んだブエノスアイレスの住人にとっての「自由」を象徴する存在である。現実にはガウチョも牧畜業の近代化にともない、それほど自由なライフ・スタイルを送っているわけではなく、ガウチョのイメージはたぶんに理想化され、偶像化してきた。 アルゼンチンの文学や音楽にはガウチョは欠かせないテーマである。このコーナーで紹介したエルナンデス著「マルティン・フィエロ」はその代表的なものだが、「漫画」という形でガウチョの風物を描いたフロレンシオ・モリーナ・カンポスの作品も忘れがたい。
モリーナ・カンポスは1891年、牧場経営を行う一家に生まれた。彼自身はブエノスアイレス生まれだったが、子供の頃はいつも休みを牧場で過ごし、ガウチョたちや大自然に慣れ親しんだ。やがて16歳から祖父の牧場で働き始めるが、ほどなく父が急死、ブエノスアイレスに戻って働かざるを得なくなる。しかし田園生活への想いは断ちがたく、モリーナ・カンポスはその想い出を絵に描くようになる。家業の牧畜業の傍ら書き続けた彼のガウチョ漫画が注目を浴びるのは 1926年、フロレンシオが35歳になった時だった。「マルティン・フィエロ」と並ぶガウチョ文学の傑作「ドン・セグンド・ソンブラ」の作者グイラルデスの称賛がきっかけとなり、展覧会も成功、その名は次第に知られるようになる。
さらに1931年から長年に渡って発行された「アルパルガタス」社のカレンダーの挿絵が彼の名声を決定的なものとした。1940年代のアルパルガタスのカレンダーは今でもブエノスアイレスの骨董市や古本屋などでよく見かける。未使用の揃いはそれなりに高価だが、切り離された1枚づつのものは今も安価で買うことが出来る。それだけ現存数が多く、たくさんの人に親しまれたという証拠だろう。
フロレンシオの漫画はリアルな風景をデフォルメして描いたものである。ユーモアに包まれた作風ながら、それはガウチョ文化の真の姿を伝えるものであった。1943年、映画制作のため、アメリカ政府の援助でアルゼンチンにやってきたウォルト・ディズニーはフロレンシオの漫画に着目し、協力を求めた。その後各国を回って帰国したディズニーは「ラテンアメリカの旅」「三人の騎士」というラテンアメリカをテーマにした2本の作品を発表し、その中にはガウチョも登場した。多くのアルゼンチン人は作品中での自国の扱い方には不満だったらしいが、フロレンシオの協力についてはきちっと映画中のエンドロールに記されている。
ところで今年は「未年」。去年は「午年」だったわけで、ここ2年間私の年賀状でフロレンシオの絵に活躍してもらった。今回は直接音楽の話とは関係なくなってしまったが、最近入手したフロレンシオの作品を集めた画集-Ignacio Gutierrez Zaldivar "Molina Campos" (Zurbaran Ediciones, Buenos Aires, 1996)をみながら、伝統的なフォルクローレの録音を聞くのがここしばらく私の楽しみになりそうである。
文:西村秀人