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『カフェ・デ・パンチート』 コラム

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映画「コマンダンテ」が我々に示してくれるもの

2007.06.18

Comandante.jpgコマンダンテ COMANDANTE
[DVD] 日本版発売中。
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『名古屋シネマテーク通信no.300
-Bulletin Nagoya Cinematheque 2007-7月号』掲載



「社会派」として知られる監督オリバー・ストーンがキューバに乗り込んで撮影した「コマンダンテ」。1959年1月1日、バチスタ政権を打倒、以来40年以上に渡って革命後社会主義の道を歩むこととなったキューバの国家元首であり続けたコマンダンテ(指揮官)、フィデル・カストロへのインタビューがその内容のすべてである。
 撮影が行われたのは2002年2月なので、その時点でフィデル・カストロは75歳。2006年4月に体調を崩し、自身の権限を弟のラウル・カストロに委譲したことを考えると、このインタビューの価値は高い(つい先日、手術後初めて国営テレビでフィデルの元気な姿が放送された)。 

まず何よりも驚かされるのが、フィデルの頭脳明晰な受け答えである。もちろんオリバー・ストーンはあらかじめ質問を用意してはいたのだろうが、事前にカストロ側に伝えられていたとは思えない。それはオリバー・ストーンの側も、フィデルの側も話の展開の脈略が時折なくなる点にうかがい知れる。それにしても多様な展開を見せる(時に少しピントのずれた)オリバー・ストーンの質問に、きわめて理知的に、よどみなく、しかしも人間味ある態度で応じるフィデルはさすがである。 テーマは多岐にわたる。「ヘミングウェイ」「神」「映画」「エリアン君騒動」「革命の意義」「ケネディ」「中絶」「ブッシュ」「ゴルバチョフ」「フルシチョフ」「キューバ危機」「ベトナム」「ピッグス湾事件」「独裁者」「結婚」「私生活」「同性愛」「黒人層」「コロンビア」「ネルソン・マンデラ」「チェ・ゲバラ」といった話題が過去の映像とコラージュされ登場する。どれもフィデルに尋ねるチャンスがあれば誰でも質問してみたいと思うテーマだろう。


もちろんフィデルの回答には興味深い発言が多数ある。「神を信じたことがない」「常に合理的に考える」「モノカルチャーは権力、独占はメディアから生じる」など、彼らしい発言もあれば、意外な発言もある。 
音楽は「オール・アバウト・マイ・マザー」でも知られるスペインのアルベルト・イグレシアスが担当しているが、この映画のために作られた曲を使用した部分はほんの少しで、多くはさまざまな時代のキューバ音楽の録音からチョイスしてきたものだ。あまり話の時代背景などにはこだわらず、自身の感性で音楽を選んでいったのだろう。「ソン」「ダンソン」「ボレロ」「グアヒーラ」「ルンバ」などバラエティに富んだキューバのリズムがあちこちに飛び出してくる。

ラテンアメリカ各地からきた留学生と交流するという、フィデルの若者への人気を誇示した場面でセリア・クルスの「ジェルベーロ・モデルノ」(モダンな薬草売り)がかかるのはちょっと不相応だが(※セリア・クルスは革命後アメリカに亡命した歌手で、米国で「サルサの女王」として成功を収めた一方で、アンチ・カストロの象徴的存在でもあった)。 
近年はキューバを訪れる日本の観光客も増加しているが、革命を成し遂げ40年以上この島国を守ってきた国家元首の実像はリアリティあるものとして伝わっているとは言えない。フィデルに関する書物は決して少なくないが、常にアメリカとの政治的関係性を伴う状況下にあっては、そこから真実を読み解くのは困難である。

この映画とて、アメリカ人が撮影したものである以上、ある種のフィルターを通しているにはちがいないのだが、オリバー・ストーンは出来上がった作品にフィデル側が削除を求めた箇所は一つもなかったということを強調しているし、何よりアメリカ政府が作品を「不快である」という理由によって国内で上映禁止にしたことが、このドキュメンタリーのリアリティを逆に保証しているといえるかも知れない。

フィデルの発言の中には、社会主義国家の元首として「建前」に逃げた部分もないわけではない。しかし全体としては、専制的な独裁者の姿も、圧政に苦しむキューバ国民の姿もここにはなく、アメリカ政府が「不快」になるほど、フィデルのリアルな姿がここにあるということだろう。この映画の上映期間と重複する形で、キューバ映画「低開発の記憶 -メモリアス-」も上映される。革命の記憶もまだ生々しい1968年に制作されたもので、革命からキューバ危機に至る、不安に満ちた人々の行動や日常を、家族に去られたある男の視点からとらえたものである。偉大な作曲家レオ・ブロウウェルの音楽共々、不安に満ちた暗いトーンが緊迫した情勢と、それに翻弄される小国の人々の様子をリアルに伝えている。ぜひこちらも合わせてご覧になることをお勧めしたい。

世界中で最も特別な異空間であるキューバを垣間みるチャンスである。

(西村秀人:名古屋大学大学院国際開発研究科准教授・ラテンアメリカ音楽文化研究)